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sugar memories
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あれはまだオスカーが次期守護聖として聖地に来たばかりのころ。
引継ぎを終えるまでは、新たな地での生活、そして守護聖という立場につく者としての環境の変化はすさまじいもので、自分の身を振り返ることもできないような状態だった。
先代の炎の守護聖が聖地を離れ1ヶ月。
聖地に来てからは6ヶ月。
ようやく落ち着いてきた身辺を振り返り、ふと淋しさが募ってきた。
外界との時間の流れが異なるこの地。
守護聖になってしまえば、もう家族や友人と滅多なことでは会うことが出来ない。
会ったとしても………時の流れは非情なもので、年齢を重ねていく友人達と、変わらぬ自分。
「住む世界が違う」という事に他ならないが、自分だけが取り残されたような、そんな感覚を実感してしまう。
だからもう家族や知人とは二度と会わないとは決めていたし、消息を知ろうともしなかった。
知れば知るほど、異なる時の流れを過ごす孤独に耐えれそうになかったからだ。
けれど家族と離れ独りでいる現実に引き戻され、皆との隔たりを思い出してしまった。
「世界の違い」は覚悟していたはずだったのに、やはり動揺は沸き起こってしまう。
とは言え、それを人には悟らせないように振る舞っていた。
彼の元来の気性でもあり、そして炎のサクリアの司る力でもある「強さ」ゆえに。
その強さの反面の弱さ・脆さが誰にでもあるのを分かっていて、年上の地の守護聖は彼を心配していた。



炎の守護聖・オスカーの執務室。
コンッコンッと緩やかに扉を叩く音が、静かな廊下に響き渡る。
訪れたのはこの部屋の主より先輩である、地の守護聖・ルヴァ。
取次ぎの者に導かれて部屋の奥へと進む。
守護聖になりたての、大人と子供の狭間に立つ18歳の青年がいた。
大きな机の半分ほどを書類で埋め、その前に座ってはいるが、はかどっていない様子。
「あ……ルヴァ様、何か御用でしょうか?」
生家は軍人の家系という事もあってか、年上に対してはきっちりとした敬語と態度で接していた。
「まあまあ、お茶でも飲んで一息入れませんか?
ちょっと珍しいものが手に入りましてね。たまにはこういうのもいかがかなーと思いまして。」
「はぁ……?」
「早速お供の方が飲み物をいれてくださるという事でしたから、コーヒーをお願いしたんですよ。あなたもそれでよろしかったですよね?」
「は、はぁ……?」
いささか強引、というよりマイペースなこの来客の態度に少しの困惑を抱きつつ、来客用のスペースへの移動を勧め、
それから少し経って飲み物が運ばれてきた。

ルヴァが用意してきたのはキャラメル味のフレーバーシュガーだった。
いつもならミルクの泡とシナモンの香りを楽しむカプチーノが用意されるのであったが、今日は来客であるルヴァの指示があってか、ミルクがたっぷりと入ったカフェラテが運ばれてきた。
「これにね、この砂糖をスプーンに軽く1杯入れるだけでいいそうですよー。」
ほのかに甘いキャラメルとコーヒーの香りがふわりと立ち上る。
オスカーはこの香りを知っていた。
妹が――――好んで飲んでいたコーヒーの香りだ。


「先日、とある惑星に視察に行ってきたんですよ。」
と、ルヴァは話を切り出した。
「そこは気候のよい、草原の広がる惑星でしてね」
客人の言葉を聞きながら、動揺している自分に気づいていた。
「カフェで私にしては珍しくコーヒーを頂いたのですが、とてもおいしくてその作り方……というか、秘密のお砂糖をそのお店で働くお嬢さんにご好意で分けていただいたのですよ。
そのお嬢さんにはお兄さんがいたそうでしてね。
カプチーノが好きで、よく冗談で泡で口髭を作っては笑わせてくれていた…と。」
オスカーはたった一人の妹のことを思い出していた。
いつもお兄ちゃん、お兄ちゃんと懐いてきていた妹。
拗ねたり、怒ったりすると手がつけられなかった妹。
くるくると変わる表情、そして凛と響く鈴の音のような声。
――お兄ちゃん、私将来コーヒー専門店をしてみようかな。
  もちろんお兄ちゃんのために美味しいのを淹れてあげるからね。
懐かしい言葉が思い出された。
そしてほんの6ヶ月前に別れたばかりの妹の顔が鮮明に浮かぶ。

「とても可愛らしいお嬢さんでしたよー。あなたならデートにでもお誘いしたんじゃないですか?」
「は、ははっ。そうですね…そんな魅力的な方なら、俺もお会いしたかったですよ」
引きつった笑い。
動揺のために早鐘のように打ち始めた心音が、この思慮深い先輩守護聖に聞こえてしまうのではないかと思うほどだった。


「オスカー、聖地には慣れましたか?」
本題であろう。新入りの守護聖を思いやる、先輩としての気遣い。
「ええ、まだ戸惑うこともありますが……それなりには。」
「そうでしたか、だったら良かったですよ。私も守護聖になってしばらくは、色々と戸惑いがありましたからね。けれどやはり皆には支えられましたよ。」
皆そうなんですよ、と穏やかに続ける。
ルヴァに心を見透かされているかのようだった。
そして懐かしい甘い香りに誘われるように、堪えていた淋しさがこみ上げてきた。
ツツ…っといくつかの雫となって、頬を伝う。涙を流すなど、どれくらいぶりだったろうか。
「言葉にしたいことがあるのでしょう?私が聞き役になりますから、言ってしまいなさい。」
「……はい………」
「但し、先輩としてではなく、友として。ですから様付けなんて他人行儀な言葉ではなくて、ね?」
「…………ありがとう。ルヴァ……」
「そう。これからも、私はあなたの友ですから」



「これで………彼女との約束を果たすことに近づきましたかね。」
オスカーの執務室を後にし、ひとりになってから静かにつぶやく。
実のところ、その惑星へは視察と言うような穏やかなものが目的ではなかった。
サクリアの乱れによる犯罪多発の状況調査、及び状況の正常化。
聖地の時間にしてはわずか3日程度であったが、現地ではおよそ2ヶ月の長期滞在である。

その滞在時によく訪れた1軒のカフェ。
自分より少し年上の、恐らく20代中ごろくらいの快活な女性スタッフ。
フレアレッドの美しいロングヘアも印象的だった。
彼女は色んな話をしてくれた。
この惑星のこと。この街のこと。昨日あった出来事。恋人のこと。
他愛もない様々な話は聞いていて飽きず、話術の巧みさに彼女の知性を感じられた。
その中でも特によく聞かされたのは、大好きな兄のこと。
格好よく女の子にもモテるが、その男気から同性からの信頼も厚い兄。
家族のことも大切にし、特に妹である自分には甘くて優しい兄。
剣の腕も立つが、精神面でも強さを誇る兄。
けれど強いがゆえ、弱さを見せようとはせず他人と壁を作ってしまいがちな兄。

そして……その兄は10年前に守護聖に選ばれていったという事も教えてくれた。
今回の調査では守護聖と言う立場は伏せておくようにとのことでもあり、まさか自分も守護聖だなどとは言えなかった。
良く似た性格の仲間がいると告げると、彼女はこう言った。
「その人と同じ目線に立って『友達』になってあげて。その人も心を許せる友達を求めているはずだから」と。


そんなある日、彼女の店が凶悪犯グループにに襲われた。
店内にいた客も、従業員も、1人残らず………

「サクリアのバランスが崩れたことによる一部の民衆への心理的影響」が発端となって起こった事件のうちの1つであった。
王立研究院と言う、公の機関で報告は味気ない一文。
しかし、実際にその地で人々と触れ合っていたルヴァにとっては、あまりにショックな出来事であった。
自分たちの持つサクリアと言う力の重要さと危うさ。
そして、自分と言う個人の無力さ。
15の年に守護聖になって以来、不意に沸き起こっていた不安ではあった。
しかし、このような最悪の形でまざまざと思い知らされる事となった。
それを乗り越え………聖地に帰ってきて1週間後、彼女から分けてもらった穏やかな気持ちになれる魔法の砂糖を携えて「友」の元へとやってきたのであった。



「あの子が幸せに暮せる世界になるように……俺も頑張らないとな」
愛する家族への想いに囚われるがあまり、ホームシックに陥っていた彼が、再び家族への強い愛情をプラスの方向へと向けて歩み出した。


  けれど―――――
  その世界にはもう
  愛する妹がいないのを
  彼は
  シラナイ………



執務室にはキャラメルコーヒーの甘い香りがほのかに残っていた。







        イズミちゃんのサイトで8000番をGetしていただきましたキリリクです。
        とにかくルヴァさまがでていれば何でもOKというすごくアバウトなリクを出したにもかかわらず、
        本当に素敵な小説をかいてくださりました。
        私にはかけないジャンルの小説で本当にうれしいです。
        ありがとうございましたっ!




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